沿 革
■設立前
小さな虎の穴のようなスパルタ式広告代理店に就職した後、
西武百貨店本部営業企画室販売促進部で文化催事を6年、アートを中心に扱う。
そしてグループの広告代理店に出向。
予算を持っている側と予算をいただく側の両方を体験。
予算を使う側の気持ちや政策を理解して仕事をすることを覚える。
1994年中国との映像ライセンスビジネスを立ち上げるために共同で会社を設立。
半年後に失敗して解散。肉体労働をして英気を養う。
■1995年有限会社栄愛を設立
当初はマーケティングとプロモーションの会社としてスタート。
PCはMACが中心。アップルコンピュータのMacWorldテーマゾーンなどのお仕事を行う。
通信系に強いため、NIFTY展示会なども。
出版社にDTP用のMAC導入をきっかけとして、本の編集を3年行う。
阪神大震災のボランティア活動で、いだきしん国創りイベントのボランティア活動を仕事と同時に半年。
■1996年TBSのテレビ番組と連動したウェブサイト制作。「ザ・ボーターズ」。
以前所属していた広告代理店から、「天地無用」というアニメの通信販売の相談を受け、展開。
有)栄愛が販売の事業主となり当時のパイオニアLDCと組んで、天地無用ネット販売を開始。「天地無用」の公式サイト内通販。
すべてのリスクは有)栄愛にあったため、やりたいことをやらせてね、という前提で開始。
ピンズバッジをもらって喜びのあまりモニター前の椅子から転げ落ちないでね、などアニメファンと同一の視線でギャグを飛ばし、代表が一躍面白い店長で知られるようになる。お客さんともリアルで会い、遊び、ときには仕事もお願いして、ネットとリアルの面白さを満喫。
■1997年~
ウェブサイトの制作のみならず、独自にサイトを立ち上げて事業を起こす展開。4サイトほど展開。
DVD本舗では、英語版を作成し、海外との取引を行う。いかに日本のアニメは人気があるかを体験し、各国にお友達ができる。
DVDは80%と高い原価率だったため、なかなか時間もかけられず、もう一度日本マーケットに戻す。
2002年から代表の親戚で60歳くらいの方が、ネット通販をやってみたいという申し出にあわせ特訓。そして作業移管。60歳でも仕事をする上でまったく問題ない!という実証例を創り上げる。日本人は歳を取れば取るほど豊かになる!というのが、代表の持論。欧米では考えられないはず。
スタッフの大谷と出会う。二人でパソコンを分解したり組み立てたりしていたことが、お客様のサポート力につながる。
■1998年~
レンタルサーバー事業開始。お客様のサポートとIT技術の支援が必要だと考えて開始。2010年150ドメインほどを運用。
■2001年
エチオピア、いだきしん天命コンサートのボランティア活動を4カ月。アフリカ・エチオピアのアジスアベバで開催されたNPO高麗の平和コンサート。現地では11万人が来場し、衛星で世界四カ国に同時放映。いつもイベントの後、暴動が起こるというアジスアベバの広場で、来場者がhappyを連発した奇跡のようなコンサート。ネットのスタッフとして代表の河合がボランティア参加。エチオピアに2週間滞在。
エチオピア、ゴデの飢饉で1000万人が死に瀕するという事態に高麗恵子さんが活動し共感したのがきっかけ。いつも飲んでいるコーヒーは、このコンサートがきっかけとなりNPO高麗で輸入販売しているアンドロメダ・エチオピアコーヒー。
スタッフの池田と出会う。Linux系の技術力に驚く。今でも代表のLinux分野での師匠。
■2002年
日本のジェンダーを考えたいという理由で、楽天において「きもの花水木」ショップを立ち上げる。有)栄愛とは分けて、フリーのプロジェクトとして実施。日本の文化の中には男と女の関係が、とても豊かに存在しており、浴衣、着物は、その文化の象徴。
すごく面白いテーマで、月額250万円の売り上げだったが、面白さで集まった5人のプロジェクト・スタッフを専業で養うには遠く(人数が多すぎた)、半年で中止。そのときのスタッフに事業移管して継続してもらう。このときにメルマガ~固定客化や、楽天の手数料、運送会社の料金は交渉できることなどを培う。
最近(2010年)着物を着ている若い人を見かけるようになった。嬉しい。
■2003年通販や自社展開で培ってきたノウハウをコンサルティングで提供し始める。
■2007年イスラエルのレバノン侵攻に伴って、レバノンのティール市でNPO高麗の平和コンサート。代表の河合がそのボランティアを四ヶ月。もちろん仕事をやりながら。
世界がいかに平和から遠く、未来の子供達が生きて行ける世の中ではないと痛感。
世界経済、哲学、芸術など、猛勉強する。河合がblogで書いている金融危機関連はこのあたりからの勉強結果。
■2008年9月世界の出来事として、リーマンショック。
リーマンの前と後では世界が変わったことを認識。
特にデリバティブの清算はまだ終わっていない。このままいったら日本は大変なことになるという理由で、河合が個人のBLOGを立ち上げる。
ガソリンが1リッター180円になったとき、さらに危機感を強める。石化燃料の解決に向けて代替エネルギーの勉強を始める。
ゴビ砂漠に太陽光パネルを敷き詰めると、全世界の電力がまかなえるという事実に感動し、研究を始める。
スタッフの大谷といっしょに電気工事士の試験を受ける。代表は合格し、スタッフが二次の実技で落っこちてしまう^^;時計を忘れたのが理由。
この分野は代表のBLOGに出てくる。この分野は継続して研究中。
■2009年代表が上海を訪れる。中国の勢いにびっくりし、先進諸国のなかで日本だけが落ちているのはなぜか?を考え始める。
春から秋まで、ボランティアで10代の男の子に週一回英語を教える。
スタッフにも勉強を強いて本を山のように読ませる。
■2010年現在に至る。

